日常茶飯本

“暮らしの本”愛好家の日記

日々のごはん作りが、楽になるお話。/暮しの手帖 4世紀83号

暮しの手帖 4世紀83号

暮しの手帖 4世紀83号

 

和食の原点=「汁飯香」とは?

朝ドラ効果もあって、今まさに注目を浴びている『暮しの手帖』ですが、本誌の方は、相変わらずひたむきに、丁寧に紙面を作られていて、ページをめくる度ほっとします。やはり、得難い雑誌です。

 

今号は、土井善晴さんの「汁飯香(しるめしこう)」のお話がとても印象に残り、久しぶりにブログを綴りたくなりました。

そして、昨日家に遊びに来てくれた友人が、偶然にも同じ記事を読んでいて、「何度も読み返した」と聞き、きっと多くの人の琴線にふれる内容だということに、あらためて思いあたったからです。

 

各々の家庭で、日常の食事の献立というのは数多のバリエーションがあると思います。この記事では、日々の食事の基本は、「一汁一菜」で良い、ということ。そして、その理由について、土井善晴さんがご自身の哲学を語られます。

 

聞き手は編集長の澤田康彦さん。澤田編集長からの、問いかけのなめらかさ、それに一つひとつ、はっとするような答えを返していく土井さん。そのやりとりが、息の合ったキャッチボールのようで、読みながら何度も、「たしかに!」「そうそう…」と噛み締めながら読んだ次第です。

 

「まずみなさん『料理は大変!』というふうに思い込みすぎだと私は思うんです」…まずは、この言葉に深く納得。続けて読んでいくと、戦後、理想の献立とされてきた、いわゆる「一汁三菜」ではなく、さらにその前にさかのぼった「一汁一菜」、つまり「味噌汁とご飯、プラス漬け物」という和食の原点に、いったん立ち返りませんか、という提案がなされます。

 

「毎回一汁三菜を用意するのって、冷静に考えてみれば、大変なことなんです。」

「毎日『おいしいおかず』を期待されてしまうと苦しくなってきます。できないって降参する人、ごまかす人、気持ちも体も不健康になってしまう人もいる。本当はちゃんとしたい、丁寧に、美しく生きたい……っていうことが、みんなの憧れであることは間違いないんですが。

この言葉に対して編集長は、

「その憧れが逆にストレスにもなるわけですね。みんなきちんとしていたいから。」と受けとめます。そしてまた土井さんは、

「やっぱり人間っていうのは、正しくあることで幸せになれるということを無意識のうちに知っているんでしょう。(中略)おいしさはきちんと確保された上で、大事な時間が短縮できるという両方が満たされていないと本当の解決にはならないと思うんです。」と。この言葉が私にとっては、記事の個人的なハイライトでした。

 

言われてみれば、「料理は大変」…そういう思い込みはたしかにあるなと素直に思いました。そして、この記事が響くということは、冒頭で少しふれた友人もまた、そのうちの一人なのかなと。そして、似た想いを抱えた人たちが、実はたくさんいるのだろうなと想像できたのです。そんな気付きがあって、そして、そういう状況を言葉にして見せてくれたことに、はっとした文章でした。

 

このあとは、具体的においしいごはんの炊き方について語られていきます。お米を研いで、ざるにあげて、「吸水40分」して炊く、というごくシンプルな方法なのですが、たとえば時間のない朝のご飯に、どうすればその40分のハードルを超えられるか、などの具体的な方法についてもふれられ、その細やかな工夫に、またまた膝を打ちました。

実際、この「洗い米」でご飯を炊いてみたら、ほんとにおいしい。

続く味噌汁の作り方にも丁寧な解説があり、それがまた、読んでいて、とってもおいしそう。土井さんが話す関西弁のリズムにのって、ナスにオクラに、カボチャの味噌汁が次々と目に浮かび、うん、冷蔵庫にあるもので、何か作ってみよう。と、その気になってしまいました。なんとも気楽に。

 

人間というのは面白いもんで、余裕ができるともっと何かつくったろかな、って気になる。この間に、きんぴらごぼうくらい、あるいは卵焼きくらいはつくれるし、イワシくらいは焼けるかなあとかね。」

求めなくても楽しみというものは起こります。普通に愛情のある家やったら小さな楽しみは自動的にやってくるはずなんです。」

こんな風に語られる土井さんは、料理というものを通して、人間の心理もじっくり見てきた人なのだなと思いました。ともかく、ご飯、味噌汁にお漬物があれば、それで基本はOK! あらためてそう考えてみれば、それだけで肩の荷(たぶん、いらない荷物)がおりて、なんだか勇気が出てくるように思えたのでした。

 

そういうわけで、この記事を読んでから、ふと気づけば、小さな変化がありました。

いつもと変わらない日々のごはん作りが、以前より楽になっているように感じられたのです。それはたぶん「一汁一菜が、基本」と思う事で、無意識に入っていた余分な力が抜けて、ほんとに「何かつくったろかな」という気持ちが自然とわいてきたというか。私が乗りやすいだけなのかもしれませんが、これこそが土井善晴さん、ひいては暮しの手帖編集部からの、読者への贈り物だったのかな、と、読んでから数日を経て、あらためて感じるような記事でした。

 

次号からは土井さんの連載が始まるとのこと。新しい知見の「地に足の着いたおいしさ」について読めるのではないかと、今からとても楽しみです。

 

また今号には、特別付録『美しい暮しの手帖』創刊号よりぬき復刻版がついていて、とと姉ちゃんのモチーフとなった大橋鎮子さんの「あとがき」もまた、一心につくりあげた最高の雑誌が出来上がったという、その高揚感が伝わってくる素敵な文章でした。

「ひとが、どんなに生きたかを知ることは、どれほど力づけられ、はげまされるか知れないと思うからです。」その通りだなあ、と。

 

「汁飯香の話」の載った今号は、何度も読み返したい内容に加え、同じ本を友人と分かち合えたということもまた、大切な記憶となりました。たぶん彼女と私では、この記事の好きな部分が、ぴったり重なったというわけではないと思います(ちなみに彼女は、木のおひつについて書かれた部分が印象に残ったそう)。けれども、どこかでつながっている。だから「暮しの手帖の記事、面白かったね!」と話し合えた。その経験がありがたかったのです。

 

同じく今号に載っていた「みらいめがね」の、ヨシタケシンスケさんのキュートなイラストにあった

「…我々はおそらくわかりあうことはできないけれど、わらいあうことならできるのかもネー。」

という言葉、まさにこれを体感できたような気がします。

そして、本棚にずっと置いておきたい本が、また一冊増えたこと。そのことが、とても嬉しい夏の終わりでした。

 

『王妃マルゴ』と香りの話。/『王妃マルゴ』第4巻

 

王妃マルゴ 4 (愛蔵版コミックス)

王妃マルゴ 4 (愛蔵版コミックス)

 

物語の中の人物から、香りが立ちのぼってくる。

本日23時から、Eテレの「浦沢直樹の漫勉」に、“少女漫画界の神様”とも言われる、萩尾望都さんが登場するそうで、とてもワクワクしています! (再放送も、6日深夜にあるそう。)

番組の紹介によれば、『王妃マルゴ』の現場に密着とあって、非常に楽しみなのですが、番組を見てしまう前に、現時点での個人的な感想を記しておきたいなと思い、この作品について綴ってみます。

 

さて、年に一冊のペースで刊行されている『王妃マルゴ』ですが、いよいよ今年で4巻目を迎えました。

物語の面白さは勿論のこと、絵も細部まで完璧。登場人物がものすごく多く、その関係性も複雑に入り乱れているにも関わらず、それぞれのキャラクターが(ほんの脇役に至るまで)とにかく立ちまくっているので、興味を惹き付けられ、読まされてしまう、本当に力のある漫画です。

 

この絢爛たる歴史劇、巻を追うほどに盛り上がりを見せ、読者を心地よく翻弄してくれるのですが、なかでも個人的に着目しているのは、作中における“香り”の描写です。

 

これまでの巻でも、さまざまなアプローチで嗅覚的表現が描き込まれていましたが、この4巻にして、やはり読者の嗅覚に訴えかけることを強く意識した作品なのだなぁと再確認しました。

それは、主人公マルゴの次兄・アンジュー公が、マリー・ド・クレーヴに恋をするときの一連の描写から。

筋金入りのナルシストであるアンジュー公が、妹のマルゴ以外に初めて魅了されたのは、素朴で清純な、野の花のようなマリーでした。彼女を一目見たときには(田舎者だな)と、馬鹿にすらしているアンジュー公ですが、マリーは生来、「髪から草木の香りがする」という体質で、その香りを嗅いだ途端、アンジュー公はいとも簡単に彼女に夢中になります。

彼女が放つ「はかない朝霧にも似た香り」は、一瞬にしてアンジュー公を「わたしは彼女を守らなければ!」「わたしと結婚すべきだ!」と、(ちょっと恐ろしいほどに)気持ちを飛躍させるのです。

 

振り返って、1巻目からの「香り」にまつわる描写を拾っていくと、いくつも興味深いものがありました。アンボワーズでの処刑の、むせ返るような血生臭さ、いくらハーブをたいても消えない死体の臭気、そしてその悪夢のような匂いから王太子シャルルを救う、ばらやアイリス、ポピーなどの夏の花々の香り。 

2巻でマルゴとギーズ公が秘密の逢引をするのは、香水を売る薬屋。背景には様々なハーブ(乾燥させたきのこ?や、球根のようなものも)が描き込まれているし、またそのひそやかな場所で、マルゴは愛しいギーズの体臭をかいで、うっとりと目を閉じます。

3巻では、ある大きなショックを受けたマルゴの気付けに、「ばらの香油」が使われたり。

そして4巻の表紙にもなっている重要人物・ナヴァルの王子アンリは、なぜか常に「ニンニクの香り」がするという…! そのパワフルで、周りにいる誰もを惹き付けてやまない、天性の愛嬌を持つ彼にぴったりの、秀逸な設定だと思います。それは決して悪臭ではなく、のちのアンリ4世となる、民衆に愛された王にふさわしい匂いなのですね。その証拠に、2巻で彼とキスをしたマルゴは、(ニンニク臭いにも関わらず)その「素敵なキス」に陶然となります。

 

また、余談ではありますが、マルゴの母、カトリーヌ・ド・メディシスといえば、連想するのが「世界最古の薬局」といわれるサンタ・マリア・ノヴェッラ。今なお製品としてある「アックア・デッラ・レジーナ(王妃の水)」と呼ばれるノヴェッラのコロンは、彼女がフランスの女王として嫁ぐ際に、特別に考案された処方に基づいて作られているそうです。

作中に直接的に出てくるわけではないですが、この香りを知っていれば、物語がよりいっそう楽しめ、深みを増すように思います(個人の嗅覚による感想ですが、現代の「香水」のイメージからすると、かなりさっぱりしたシトラス調の、ユニセックスな香りです。シャープな酸味が感じられ、ハーブや草のような残り香です)。ノヴェッラのコロンには、オー・デ・コロンとは思えないくらいの、深く濃縮された香料の存在感があります。

 

…と、こんな風に、実際の香りをかいで想像を膨らませたり、また、作中の印象から、こんな香りが合いそう!という空想をするのは、なかなか楽しいものです。

たとえば、前述の「草木の香り」のするマリーなら「アントニアズ・フラワーズ」という香水がイメージされます。これは、「すれ違う人が『ブーケを持っているのは誰?』と錯覚するほどの自然な花の香り」と言われていて、何と言うか、花の匂いだけではなく、茎や葉の青さも感じさせる香りです。

マルゴはもちろんローズ系でしょうし(ゲラン、あるいはバラに的を絞った香水メーカーのパルファン・ロジーヌでしょうか)、ギーズ公ならやはりスキッとしたシトラス系かなと。ジョー・マローンの「ライムバジル&マンダリン」なんかが似合いそうです。アンジュー公はもちろん、シャネルの「エゴイスト」ですね!

ちなみに、こういう他愛ない遊びの副読本にぴったりなのが、『世界香水ガイドⅡ』。「匂いの帝王」と呼ばれるルカ・トゥリンの香水レビューは、知的な毒舌というか、ちょっと嫌みなほどに芸術的。その辛口批評を面白がれる人には(たとえ香水そのものに興味がなくとも)、果てしなく楽しめる一冊です。

世界香水ガイド2★1885 ?「匂いの帝王」が五つ星で評価する

世界香水ガイド2★1885 ?「匂いの帝王」が五つ星で評価する

 

 

さて、話が横道にそれましたが、ともかく王妃マルゴ』の醸し出す、幾つもの香りのイメージは、本当に読者をさまざまなところへ連れて行ってくれます。主人公のマルゴをはじめ、そのリアルな香気、人物の息づかいが生々しく感じられるのは、これら香りの描写の効果に違いないと感じています。

今朝、外にでると春の匂いがしました。いつのまにか家の前のスモモの花が咲いていて、木の枝にはメジロのつがいが来ていました。こんな風に日々、五感を研ぎ澄ませながら、マルゴの世界へと飛んで行く体験をしつつ、この希有な物語が終わりを迎えるまで、じっくり見届けたいと思っています。 

 

“理想のおうち”を見つける方法。/『やかまし村の子どもたち』

やかまし村の子どもたち (リンドグレーン作品集 (4))

やかまし村の子どもたち (リンドグレーン作品集 (4))

 

「こうして、なにもかも、わたしの棚におさまりました」

 昨年、“お片づけ”をはじめたとき、物を手放す前のステップとして必要だったのが理想のおうちと暮らしを想像する」ということでした。そのイメージの手助けになったのは、私の場合、やはり“物語の中のおうち”。次いで、暮らしまわりの本の写真や文章などでした。

児童文学には素敵なお家や部屋が多々、登場しますが、なかでも真っ先に浮かんだのは『やかまし村の子どもたち』です。

この物語の舞台は北欧・スウェーデン。心ときめくお部屋の描写がどっさり登場し、さすがはIKEA発祥の「インテリアの国」の面目躍如といったところ。

とりわけ好きな一編である「いちばんたのしかった誕生日」のお話には、主人公であるリーサが、“自分だけの部屋”をプレゼントにもらった、7歳の誕生日の心躍る一日が描かれます。

 

「おとうさんは、魔法で壁紙をはってくれたんです。それは、ちっちゃな、ちっちゃな花束がいちめんにかいてある、すごくかわいい壁紙です。それから、おかあさんは、魔法をつかって、窓のカーテンをつくってくれたんです」

リーサの父さんは、他にも棚やたんす、テーブルと、椅子を3つ手作りしてくれ、母さんは余り布を織りまぜたじゅうたんを(いずれも“魔法”で!)作ってくれます。そしてリーサは「これ、魔法つかいがやってくれたにちがいないわ」と感激します。

この両親からのプレゼントも相当なものですが、ここからのリーサの行動もまた、とってもいい。

これまで兄2人と一緒に使っていた部屋から、宝物である「わたしのお人形」たちをとってきて、その子たちのために、棚にすてきな部屋を作ってあげるのです。

「まずはじめに、赤い布をしいて、じゅうたんにしました。さて、つぎに、おばあさんからクリスマス・プレゼントにもらった小さい、すてきな、お人形用の家具を、そこにすえつけました。つぎには、小さいお人形たちのベッドをおき、それから、小さいお人形たちをいれてあげました。」

そのあと、大きい人形用のベッドを部屋の隅においたり、自分の本や雑誌、箱、大天使のしおり(もも色の着ものをきて、つばさを持った!)などの品々を、すべて棚におさめます。

自分の大切な物を選び出して、そして、それらの置き場所を全て決める。これって、まさに“ときめくお片づけ”ですよね。

部屋を見回すリーサの幸福そうな表情、人形を棚におさめたり、積み重ねた本を意気揚々とに運ぶ姿のイラスト(挿絵は、リンドグレーンといえば!の、イロン・ヴィークランド)も相まって、読む度に嬉しい気持ちになる一編です。

 

折しも、今月号の「CREA」が児童文学の特集で、やかまし村の子どもたちが暮らす家のモデルとなった、リンドグレーンの父親の生家の写真が掲載されています。

CREA 2016年2月号 大人の少年少女文学

CREA 2016年2月号 大人の少年少女文学

 

私の手元にある『やかまし村の子供たち』は岩波少年文庫の方ではなく、リンドグレーン作品集4とあるハードカバーの方で、こちらには表紙の見返しに、三軒並んだ北屋敷、中屋敷、南屋敷のイラストが載っています。CREA今月号のP70に、まさしくその家々が!

写真を眺めながら、リーサの可愛い屋根裏部屋や、ブリッタとアンナのおじいさんの、ゆり椅子の置かれた感じの良い部屋、カブラぬきをする畑や、ほし草置き場…などなど、物語に出てくるシーンについて想像を膨らませることができ、感慨深かったです。ほかにも、リンドグレーンの書斎の写真や、リーサの部屋のイラストの紹介(「子どもの物語が始まるベッドいろいろ」)などもあって、とても楽しめる内容でした。

CREA」の本特集は、いつも編集の方の個人的な思い入れが感じられるというか、とにかくぎゅーっと詰まった読み応えのある内容で、非常にマニアック。

今月号も、好きな作品ベスト50に始まり(アンとジョーの妄想対談つき)、幻の「バタつきパン」に出会えるベーカリーの紹介やら、オカズデザインさんによる料理の再現、アンやトムの家の間取り図、いじわるおばさん図鑑(筆頭はやはり、小公女のミンチン先生!)などなど、永久保存版にふさわしい充実ぶりです

文藝春秋社が出している女性誌だけあって、文学に精通した面々が編集されているのだと想像しています。2014年9月号の「おいしい読書」の食の本特集もとても面白くて、今でも時々読み返す一冊。おそらく本の特集のときは、女性誌の枠を超えて、老若男女の本好きたちのツボをつく内容を目指しているのでしょうね。

CREA (クレア) 2014年 09月号 [雑誌]

CREA (クレア) 2014年 09月号 [雑誌]

 

 

さて、初めに戻って、“理想のおうちを想像すること”についてなのですが、これが簡単そうでいて、当初、私にはかなり難しかったです。なぜなら、片付いていない状態のおうちには、どっさりノイズ(雑音)があるというか、理想の暮らしやおうちのイメージを思い浮かべようにも、それを邪魔する雑多なものたちが、まだまだあるというのが、片づけ前の現状だったわけです。

結論からいえば、片づけ以前にすみずみまで完璧な「理想のおうちと暮らし」を想像することは、かなりハードルが高い(少なくとも、私はそうでした)。自転車のサドルにまたがったこともないのに、自転車に乗れるようにはならない、という感じですね。

 

“理想の部屋を思い浮かべることと、片づけとは、(厳密にいえば)同時進行でしかできない”

というのが、片づけ祭りを終えてみての個人的な感想です。つまり、理想のおうちを想像することは、スタートであり、かつゴールであるということ。なんだか青い鳥みたいな話ですけれども。

しかし、それが仮のゴールであったとしても、ともかく設定してみないことには、話が(片づけが)始まらないわけで。

となると、まずは、ぼんやりとでも「こうなるといいな」というおうち、暮らし方を思い浮かべて、とりあえず片付けはじめてみる、ということに(特に私のようにせっかちなタイプの場合)落ち着くのだと思います。そしてバランスをとりながら、少しずつ“理想のおうち”を探っていこう…と、こういった自分なりの解釈を経て、私は片付けに着手しました(というか、片づけたい!という熱意が覚めやらぬうちにやりたかったのですね。鉄は熱いうちに打てとな)。

そんな中で、この『やかまし村の子どもたち』など、自分がとても大事にしている本をあらためて読み返してみると、少し見えてくるものがあったように思います。

 

片づけは、(自分のなかに埋め込まれた)タイムカプセルを発掘する作業に似ているといえます。あるいは彫刻のように、自分のかたちを彫りだしていく行程とも。

私の場合、ヒントをくれたのは、やっぱり本でした。

それが本でも、服でも、靴でも、文房具でも、パソコンでも、裁縫箱でも、お酒でも、器でも、バスケットボールでも、ぬいぐるみでも…永らく大切にしているものは、その人の分身。それらを手がかりとして、ゆっくり紐解いていく時間にこそ、“理想のおうち”を見つけるためのヒントが隠されている気がした、本日の「バック・トゥ・お片づけ」でした。

 

片付け祭り、完了しました。/『人生がときめく片づけの魔法』

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

 

“片づけの天才(あるいは妖精)” による、革命的お片づけ本。

 

新年おめでとうございます。かなり久しぶりの日記です。

このブログをお休みしていた2015年9月から12月にかけて、丸4ヶ月間というもの、“お片づけ”に没頭していました。無事に片付けを終え、2016年を迎えることができ、清々しい気持ちでこの文章を綴っています。

今回のお片づけには、何冊かの指針となる本がありました。このブログでも追って紹介していきたいなと思っていますが、まず、その筆頭といえるのが、何と言ってもこの『人生がときめく片づけの魔法』です。

 

作者は、2015年4月、米『TIME』誌で「世界で最も影響力のある100人」に選ばれ、昨年、あらためて時の人となった「こんまり」さんこと近藤麻理絵さん

その第一作であり、ベストセラーとなったのが本書です。今更ブログで紹介するまでもないほど、世界的ブームになってしまった「ときめくお片づけ」ですが、本気で“片づけ祭り”をやってみて、そして完了した一個人として、この本について感じたことを記しておきたいと思います。

 

「ときめくお片づけ」は、まず衣類の整理から始まるのですが、現在のマイ・クローゼットはすっかり風通しがよくなり、なんとスカートは2枚に(!)

減らした当初は、その数の少なさに驚いたものですが、それで全く困らずに過ごせていることが、更に予想を超えた驚きでした。その後、1枚を買い足して、現在は3枚のスカートを着回して暮らしています。ちなみにパンツは冬物3本、春夏2本で、それでボトムスは以上。どれもお気に入りなので、毎日のコーディネートに迷うこともなく(やはりボトムスは着こなしの土台なので、ベースができていれば、おのずと着る服が全身、スムーズに選べるのです)、管理も非常に楽です。

手持ちの服を全て把握できていることが、こんなにも快適というのが初めてわかりました。

衣類の整理だけでも、劇的に暮らしが変わります。それが本類、書類、小物類、思い出品…という順に片付いていく、そのめくるめく感じ、まさに魔法的!

 

おそらく、いわゆる「本好き」という人種(はい、もちろん私もその一人です)は、どうもベストセラーには触手が動かない性質のため、この本がはじめにブームになったとき(2011年)は、恥ずかしながら、読んでもいないのに「ああ、ときめきで判断する整理法の本ね〜」と、わかったつもりでスルーしていました。

しかし、週刊文春の2015年9月10日号の「阿川佐和子のこの人に会いたい」に、近藤麻理絵さんがゲストで出た対談を読み、そのあと、どうしても気になって、本書を購入(阿川さんの、魅惑的に話を引き出す力にも感謝!)。

読んですぐ、片付けに着手しました。こんまりさんの頭の中を垣間みて、そのめくるめく片づけワールドに、はまり込んでしまったのです。

 

さて、この『人生がときめく片づけの魔法』。一読してまず感じたことは、

「この本の文章そのものが、完璧に片付けられている!」

という新鮮な驚きでした。

どこを読んでも無駄な部分がなく、かつ冒頭から結びの言葉に至るまでの各章が、ものすごく整理され尽くしているのです。

この本が伝えたい事はものすごく簡潔。「はじめに」を読むだけでそれはわかります。

「一気に、短期に、完璧に」そして「すべての持ち物の置き場所を決める」こと。

この二つだけが片づけの極意であり、まずそれをシンプルに伝え、そして続く章で「それを実際にどういう手順で行えば、片付くのか」を具体的に示している一冊なんですね。

 

読後、実際に片づけ祭りを始めてみて、片づけが少し滞ったり、疑問に感じることが出てくるたび、この本(と、二冊目の『人生がときめく片づけの魔法2』を何度読み返したかわからないのですが(少なめに見積もっても、併せて約5〜60回ほどはページを開いたかと…)、読み返す度に確実に答えが見つかり、こんまりさんが横についてナビゲートしてくれているような錯覚を覚えた本でした。 

人生がときめく片づけの魔法2

人生がときめく片づけの魔法2

 

 

本文中では(自虐的表現として)時折、自らを“片付けのヘンタイ”と称するこんまりさんですが、間違いなく彼女は“片付けの天才”といえるでしょう。もしくは、その外見的イメージから“片付けの妖精”でも良いかと思います。そして、天才というのは、その世界を根底から変えてしまうものです(例えばモーツァルトビートルズが音楽界を、アインシュタインやホーキングが科学界を変えてしまったように。その人が現れると、その世界の全ての風景が変わってしまうという意味で)。本当にこんまりさんは、片づけ界に舞い降りた天からの使者という印象です。けっして大げさでなく。

 

私が「片づけ祭り」に取り組み始めたのは2015年9月11日。それから12月の終わりまで、とにかく物を処分し、そして置き場所を決めて行くという、ただそれだけなのにも関わらず、非常に充実した、それこそ心ときめく毎日でした。

私は自他ともに認める本の虫です(こんまりさんが「人生の8割以上を片付けに費やしてきた」ように、私も人生の8割以上を、本にまつわることに費やしてきた気がします)。が、ここまで夢中になれた本は、たぶん両手の指にも満たないです。そしてそういう人が世界中に数多くいるから、これほどのブームを巻き起こしたのでしょうね。遅ればせながら、そのムーブメントを肌で感じることができました。

 

そして、この本が一番の起爆剤になったのは確実ですが、これまで読んできた、その他の「片付けに関する本」にも、心からの感謝を捧げたいと思いました。なぜならこの「ときめくお片づけ」のバックグラウンドには、こんまりさんが吸収してきた過去の片づけ本、そして雑誌の片づけ特集などの影響もまた確実にあると思うからです。

 

今回の日記だけでは語り尽くせないので、少しずつこの本や、また他の片づけ本についても、追加でアップして書いてみたいと思っています。

 

ちなみに「本類を整理すると情報に敏感になる」という言葉がこの本の文中にあります。

私の例でいうと1000冊以上あった蔵書が10分の1以下に減りました。家に3つあった本棚に、ぎゅうぎゅうに入っていた本たちが、居間のコンパクトな扉付きの本棚一つにぴったりと収まるようになり、そしてそのときめく中身に大満足。手放すと決めた、かつて大好きだった本たちは、古本のチャリティー「チャリボン」に全て寄付しました。

チャリボン【古本がNPO・NGOへの寄付・募金となる新しいしくみ】

 

これからの自分が新たにどんな本を読んでいくのか、出会っていくのか…今からわくわくしている、2016年最初の月でありました。

 

 

“ちょうどいいクローゼット”考。/天然生活 2015年10月号

天然生活 2015年 10 月号 [雑誌]

天然生活 2015年 10 月号 [雑誌]

 

クローゼットから見る、時代の変化。

 

天然生活の10月号は、毎年恒例となっている“お洋服特集”です。

私の手元にあるのは、2012年から始まった「年間、お洋服計画」の2012〜2014年号と、2010年の「大人の定番服」の特集号。今月号を購入し、バックナンバーも併せて読み返してみました。

これら5冊をあらためて読み直すと、「年間、お洋服計画」が始まった2012年の10月号が、最も記憶に残る一冊だったな、という印象です。今なお手元に残しておきたい、魅力のある号です。

 

その理由はやはり、ワードローブを「年間」を通して考えるという発想が素晴らしかったのと、「クローゼットの内訳」を「春夏」「秋冬」「通年」と分けて、カットソー◯◯枚、シャツ◯◯枚、スカート◯◯枚…と詳細に記したことが何より新鮮でした。それまで雑誌では、いい感じのイメージカットなど、感覚で捉えられることの多かった“クローゼット”というものが、はっきり数値化されたことに驚いたのを覚えています。

そして2012年当時は、ナチュラル系のファッションそのものに新鮮味があり、「ナチュラルなテイストの服」というくくりのなかで、さまざまなコーディネートを開拓していく余地も、まだまだ残されていたのかなと、いま振り返ってみて感じました。

 現在、「ナチュラルファッション」というジャンルも雑誌などに一通り出尽くして、落ち着くべきところに落ち着いた感があるため、どうしても今月の一冊だけを取り上げると、少しずつトーンダウンしているような印象は否めません(カタログ的なページも多いので、そのブランドを好きな人以外だと読み込めない感じもあり)。同じテーマを取り上げつつ、マンネリにならないように紙面を更新していくのは、かなり難しいのだろうな〜と感じます。

 

けれども、今回のように数年にわたって見直すという読み方をすると、一冊を単体で読むのとは、また違う楽しみがあるように思えました。 

こんな風にひとつの雑誌が、長いスパンで恒例の特集を組んでいれば、そのときどきにどういったことが「良し」とされているかの変化が感じ取れるのも、まずは興味深いところです。たとえば、今年の号はやはり、“すっきり” 推しだなあとか。ここしばらく、ミニマリストブームとか、「なるべく少ない数の服を持ちたい」傾向が加速していますしね。

ちなみに、こちらが2012年号。表紙だけを見比べてみても、その違いが見て取れます。 

天然生活 2012年 10月号 [雑誌]

天然生活 2012年 10月号 [雑誌]

 

とはいえ、最新号の中身を読んでみると、登場する方のクローゼットが、それぞれよく考えられているにせよ、表紙のイメージのように(そして流行の「すっきり」本のように)色々な意味で完全に、“すっきり”  管理されているわけでないこともわかります。当然といえば当然ですが、生身の人間のクローゼットなので。

やはりそこが「クローゼットをどのように保つのが理想的なのか?」ということのポイントであるという感じがしました。 持ち主が日常生活を営んでいる以上、たとえば「数を減らして終わり」なのではなく、その中身は常に流動的なわけです。まあ、故スティーブ・ジョブズのように、アイコンとしての「黒タートル(ちなみにデザインは三宅一生)」のみを着続けた、例外的な人もいるわけですが…。

 

さて、前置きはこのくらいにして、過去の号と読み比べてみての、2015年最新号の感想を色々。

 3年続いた「年間、お洋服計画」は終わって(個人的には残念)、今号は「ナチュラルなすっきり服」というサブタイトルの特集になっています。

が、おそらく最も人気があるコーナーだと思われる「クローゼットの中身」のページは引き継がれていて一安心。今年も興味深く読むことができました。

 

今回いちばん印象に残り、素敵だなあと思ったのは、イラストレーターの山本祐布子さんのクローゼット

個人的に世代も近く、コンパクトな印象ながら、本文中にも書かれている通り「いまの暮らしに必要だと感じる服は、過不足なく入っています」というのがよく伝わる、「ちょうどいい感じ」と思えるクローゼットでした。

パリで見つけたという、スモーキートパーズのピアスや、小鳥柄のストール、ウエディングドレスをリメイクしたワンピースなど…一つひとつのアイテム数は決して多くないけれど、どれも山本さんの“自分軸の美意識”で選び抜かれているのが伝わってきました。

また、10年以上愛用しているハイブランドの上質なものと、ファストファッションのもの、ドレッシーなヴィンテージのドレスとカジュアルなスニーカー、それらが無理なく混在している感じがとても良かったです。

「今と昔、ふたつが重なるクローゼット」というキャッチがふさわしく、“クローゼットは人なり”とあらためて思え、刺激を受けたページでした。

 

他のお二人のクローゼットも、それぞれに興味深かったです。

イデーのディスプレイ担当・小林夕里子さんは、かなり多くのお洋服を所有されていますが(ニットだけで約60枚!)、収納をシステム化して、きちんと把握しているという整理術が紹介されていました。浅型の収納ケースを愛用し、キュッとたたんで立てて収納。着る前に、アイロンをあててから着るという方法をとっているそう。

これは、服が好きで、かつ着ることに手間も時間もかけられる人にのみ、実現が可能なクローゼットだなと思いました。もちろん人によると思いますが、自分自身も20代〜30代初めくらいの時期は、今よりもっと多くの洋服を持っていたし、また、持っていたかった、というのを思い出しました。

もし今後、ライフスタイルが変化していけば、アイテムは減って行かざるを得ない(そうでないと秩序が保てない)と思うし、そういうわけで、アイテム数の多さに「若さ」を感じたクローゼットでした。

逆に、ギャラリーfeveのオーナーである引田かおりさんのクローゼットは、中身が空っぽのかごが置かれていたり、引き出しの中にも相当余裕があるというのに驚きました。「まだ見ぬ素敵なもののために、キープしてある場所」というのが、すぐには難しそうですが、将来的には取り入れてみたいと思えるアイデアでした。

 

ほかには、巻頭の「大人のおしゃれ『すっきり』9カ条」轟木節子さんのスタイリング(p16のシックなリュック&ショートブーツのスタイルなど)も、日々の着こなしのヒントになりそうでした。轟木さんは、とても理論のしっかりしたスタイリストの方だという認識があります。

2012年号には、ご自身のワードローブも掲載されていましたが、「ファッションが本当に好きなんだなあ」とわかる、その惚れ込みようが伝わる素敵な服の数々でした。『毎日のナチュラルおしゃれ着こなし手帖』など、著書も持っていて、色の合わせ方や、シルエットの作り方などの参考に、ここ数年愛読しています。

毎日のナチュラルおしゃれ着こなし手帖 (e-MOOK)

毎日のナチュラルおしゃれ着こなし手帖 (e-MOOK)

 

ナチュラル系ブランドの服は、わりにゆったりした(体型が出ないような)シルエットのものが多かったり、そのままでは「すっきり」着るのが、そこそこ難しいものが多い気がします。「ナチュラルなすっきり服」というタイトルそのものが、多少の矛盾をはらんでいるというか。

単に「すっきり」したスタイルを目指すのであれば、ジル・サンダーみたいな削ぎ落とされたデザインのブランドの服を着るか、あるいはもっと手軽に、ユニクロ無印良品のアイテムでコーディネートしてしまえばいいわけです。でも、それだけではたぶん物足りないと感じる人が多いのですね(ジル・サンダーに関しては、もちろん素敵ではあるけれど、全身揃えるとなると、言わずもがな相当な経済力が必要ですし…。ユニクロジル・サンダーのコラボ、+Jが懐かしいです。そういえば、10月から展開予定の、クリストフ・ルメールユニクロのコラボも楽しみ!)。そうはいっても、お気に入りのラインの服を、出来るだけスッキリ着たい!という要望があるから、こういう特集が組まれるのかなと思ったりします。

私自身は、あまり重ね着はしないし、サイズ感の合った服をシンプルに着ることが好きなのですが、素材を重視して服を探しているときなど、やはりナチュラル系のブランドに行き着いたりするので、ときどきそういう服を着たいと思うときのために、今回の轟木さんの着こなし法に、アイデアをもらえる気がしました。 

 

あと、その他の記事についても少々。

「朝の京都」特集のなかの「私の好きなモーニング」や、朝市の記事など、京都を旅したときのお楽しみといった情報がたくさんありました。伊藤まさこさんのおすすめ、今西軒のおはぎが見るからに美味しそう。食べてみたいです。

料理ではウー・ウェンさんの夏のあえ麺」なども、晩夏にぴったりで食欲をそそられました。ウーさん家の常備菜という肉味噌を作ってみようと思います。本当に、枝豆&中華麺と合いそう。

モノクロページの「自宅で非難する防災計画」も興味深かったです。食の備蓄の基本的な考え方である「ローリングストック」という方法(日々食べているものを多めに買い置きし、ふだんどおりに食べながら不足分を買い足していくという方法)に、なるほど!と思い、さっそく実生活で意識したいなと思いました。「非常時でも日常に近い生活を送ることが、より快適な避難生活につながります」という言葉に納得。堅実なつくりの、良い記事でした。

 

さて、クローゼット考に話はもどって。

今回のように雑誌を何冊かまとめて読むことが好きなので、なかなかバックナンバーを手放すことができません。すっきりとはほど遠い私の蔵書たち…。しかし、この本棚を客観的に眺めてみれば、「好きな物を手元に置いておく自由もあっていい」と私は思っているわけですね。これは、クローゼットにも通じる想いのような気がします。

 

とはいえ、たとえば何年も着ることのない洋服を、あんまり数多く所有しているのを善とも思えないわけで…そういう部分をバランス良く調整すべく、日々、あれこれ工夫する心も持っていたいなあとも思います。

“ちょうどいいクローゼット”は、時代や自分の変化に添って、移り変わっていくもの。毎年、これらの『天然生活』10月号に掲載されているような、持ち主によく考えられたクローゼットを見ると、私も自分の「中身」をほどよくキープしたいなと、気持ちが(少なくとも気持ちだけは!)新たになる、貴重な号です。

2013年ではバッグデザイナーの唐沢明日香さんのワードローブの揃え方が参考になったし、2014年ではモデルの楓美さんの「ふだんとお出かけの服」の、伸びやかなおしゃれが好印象でした。毎年、それぞれに読み込みたい記事があり、発見があります。

 

来年の『天然生活』10月号も、この「お洋服特集」の継続を希望しつつ…爽やかな気分になりたくて、久しぶりにクローゼットから引っ張りだした、レモンイエローのカットソーに袖を通した今日でした。