「日常茶飯事こそ、人生の大事」/『石井桃子のことば』
朝起きたとき、いつも希望に満ちていられるように。
心の優しい、思慮深い友人のような本です。
ごく控えめなたたずまい。しかし、偉大な本です。
もし、“最後の晩餐”、ならぬ、“最後の読書”の一冊を選ぶとすれば、2015年4月16日現在、私は、この本を手にとるように思います。
宮崎駿さんは著書『本へのとびら』の中で、「石井桃子さんは別格」と語っています。「子どもたちの本にとって、なんというか尊敬せざるを得ない」人であると。
おそらく日本語を母国語とする“読書家”のうち、結構なの割合の方が、この『石井桃子のことば』を読みすすめるうちに、自らの「読書の原点」を見出すのではないでしょうか。
もちろん、「全く接点がない」と言われる本読みの方もおられるでしょう。しかし、もし数珠つなぎ式にいくならば、日本の読書家たちは、どこかでこの「石井桃子」という人へと、たどり着くように思えるのです。
と、前置きがいささか仰々しくなってしまいましたが、その原点というのは、いずれも愛らしい本たち。
『ちいさなうさこちゃん』『くまのプーさん』『ピーター・ラビットのおはなし』『ちいさいおうち』…この『石井桃子のことば』を読むと、石井桃子さんが翻訳を手がけた子どもの本の数々は、さらに枝葉を広げ、多くの文学者やクリエイター、たとえば、先に挙げた宮崎駿さんにも、決定的な影響を与えたのではないかと思えます。
全著作リストが掲載されており、これだけでも良質な絵本&児童文学のブックガイド、といえる素晴らしさです。読んでいるだけで、こんなに幸せな気持ちになれるなんて、本が好きで良かったなあ、と思える、本当に丁寧なつくりの一冊なのです。この本を含む、新潮社の「とんぼの本」というシリーズの名前は「視野を広く持ちたい」という思いから名付けられたそうですが、この一冊の本のなかに、どれだけ広い世界があることでしょうか。
この本の発行は2014年5月とまだ新しいのですが、これまで石井桃子さんのまとまった本が一冊も出ていなかった(!)というのが不思議な気がするほどの、偉大な仕事の数々が紹介されています。
しかし、それはまた「名が残るのではなく、本が残ってくれればいい」という、生前の言葉通りの生き方をされたのだなぁ、とも。
石井桃子さんの、珠玉のことばの数々、ゆっくり噛みしめたくて、書き出してみました。
「子どもたちよ 子ども時代をしっかりとたのしんでください。
おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは 子ども時代の
「あなた」です。」
「私が子供の本にひかれるのは、どこの国の人にも通じる普遍性があることです。きっと
時代の風潮に影響されない根本のところで書かれているからなのでしょう。」
「本は友だち。一生の友だち。
子ども時代に友だちになる本、そして大人になって友だちになる本。
本の友だちは、一生その人と共にある。こうして生涯 話しあえる本と出あえた人は、
仕あわせである。」
いずれも、しびれます。特に、「本は友だち」の言葉は、ずっと大事に持っていたいことばだなあと思いました。そしてもう一つ、個人的に最もすとん、ときた言葉は次のものです。
「私は、日常茶飯事を超えて、思想とかテーマとかいうものでは書けない人間なんですよ。
日常茶飯事こそ人生のうちの大事と思っている人間だものですから」
この言葉に、しみじみと共感しました。血肉のある言葉を書いている人の文章には、必ず“日常茶飯事”が、どこかに潜んでいるのだと思うのです。だから、私は幼い頃からこれまでずっと、暮らしの本から離れらず、そして暮らしの見える小説や物語を、愛好するのかもしれません。
そういうわけで、日記のタイトルの「日常茶飯本」は、この本からヒントを得てつけたものです。本を読んでも、ついつい読みっぱなしで、ここ数年は日々の慌ただしさに、ただ通り過ぎていました。心が動く本を読んだとき、書き残すことをしておきたいと、この本を読んで思いました。“本の友だち”を、きちんとかたちに残しておけるようにと。
最後に、初めて石井桃子さんが翻訳した本である「クマのプーさん」から、素敵な会話を。(プーと、その友だちのコブタの会話です)
「プー、きみ、朝おきたときね、まず第一に、どんなこと、かんがえる?」
「けさのごはんはなににしよ? ってことだな。」と、プーがいいました。「コブタ、きみは、どんなこと?」
「ぼくはね、きょうは、どんなすばらしいことがあるかな、ってことだよ。」
プーはかんがえぶかげにうなずきました。
「つまり、おんなじことだね。」と、プーはいいました。
- 作者: A.A.ミルン,E.H.シェパード,Alan Alexander Milne,Ernest Howard Shepard,石井桃子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2000/06/16
- メディア: 単行本
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朝起きたとき、いつも希望に満ちていられるように。「春眠暁を覚えず」という季節にこそ、記しておきます。