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日常茶飯本

“暮らしの本”愛好家の日記

魔法のシロップの作り方。/『私の保存食ノート いちごのシロップから梅干しまで』

食の本 児童文学

私の保存食ノート いちごのシロップから梅干しまで

私の保存食ノート いちごのシロップから梅干しまで

 

ガラスびんのなかには、魔法のシロップが入っている。

母の本棚にあるのを見つけて以来、それこそ10数年以上ずっと読み続けている、この「私の保存食ノート」。なかでも一年で最も密に読む季節は、梅雨まっさかりである、6月の今ごろです。

それは、毎年仕込む「青梅の砂糖づけシロップ」を作るため。

サブタイトルにもある「いちごのシロップ」も、美しい色のロマンチックなシロップですが、子供の頃から慣れ親しんだ味であり、また自分でも実際に作ってみて、「やはりこれがなくては」という思い入れがあるのが、この6月に仕込んで夏中楽しめる、青梅のシロップでした。

 

真夏のとびきり暑い日、炭酸で割ってごくごく飲んだり、ひんやりゼリーにしたり。原液をかき氷にかけるのもいいですね。ちょっと疲れたなぁというときに一口飲むと、すっきりして元気が出てくる。しみじみおいしい、暑い季節の頼もしい相棒です。

このシロップのレシピ自体はごくシンプルなもので、毎年必ず新聞で特集する「梅仕事」の記事なんかにも、ほぼ同じような作り方が載るのですが、やはりこの本を見ながら作るというのが、個人的に大切なプロセスとなっています。

 

初めてこの本の「青梅の砂糖づけシロップ」のページを読んだとき、

「風にのってきたメアリー・ポピンズ」のなかの、「魔法のシロップ」を思い出しました。

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)

 

東風の吹く日に、空から風にのってきたメアリー・ポピンズ。バンクス家の子供たちを、あっという間に彼女の虜にしてしまったアイテムが、この「魔法のシロップ」です。

飲む人によって、くるくると味の変わる不思議なシロップ。

やんちゃなマイケルには「ストロベリー・アイス」に、ちょっとだけお姉さんのジェインには「ライム・ジュース・コーディアル」に。ふたごの赤ちゃんのときにはミルクになり、そして最後にメアリー自身が飲むときには「ラム・パンチ」に…! このシロップの、一連の描写が大好きで、飽かず読み返したものです。

 

さて、「保存食ノート」の目次を開くと目に飛び込んでくる、数々のレシピ名も、眺めているだけでも想像力が刺激されます。

春の「いちごのシロップ」や「夏みかんの皮の砂糖煮」(私はこの本で、ピールが皮の表面の黄色い部分ではなく、白い綿の部分で作ると知りました。)、「きゃらぶき(響きがステキ)」、「ふきの甘酢づけ(栗原はるみさんぽいですね)」。

夏は梅干しに始まる梅仕事の数々、「新しょうがの砂糖煮」をはじめ「しょうが仕事」もたくさん。

秋には「なすの砂利づけ(「しっとりしたるり色のつけもの」という描写がエレガント!)」、「小あじの牛乳づけ(北欧風メニュウ)」や「りんごのジャムとゼリー(スペイン人の尼僧直伝のレシピだそう)」。

そして冬には「ゆずの砂糖煮(とっても美味しい)」「塩ハム(すごい先取り!)」、「レバーペースト(大好きです)」に「キャラメルクリーム(魅惑的で、かつ簡単)」、「はち蜜入りビスケット(←「ハチミツ」でも「蜂蜜」でもなく、「はち蜜」という表記が、いかにもおいしそうじゃありませんか??)」…こうやって書き連ねているだけでも、わくわくしてしまいます。

ほかにも〈母のノートより〉という小さなレシピの「ジャミ・ジェレー概則」なんかは、そのまんまファンタジーに出てきそうな、魔法使いの秘伝といった感じがして。料理本ながら、いわゆる「エブリデイ・マジック」を感じさせるような一冊となっています。

 

また、レシピ以外にある読み物の数々も、作者の佐藤雅子さんの人柄がにじみ出た、滋味深い文章で、何度も読んでしまいます。

この本の最後には、佐藤雅子さんの夫である佐藤達夫さん(日本国憲法の作成にも関わったという、人事院総裁を務めた方)の文章も載っていて、興味深い雅子さんの人となりが、別の側面からもうかがい知れます。

「気ぐらいの高いやかまし屋」で毒舌家だったというお姑さんと、たいへんな好人物だったというお舅さんの、長きにわたるお世話について。戦中戦後には、畑をたがやして野菜作りにはげみ、上出来のトマトやかぼちゃができた際には「奥さんは、農家のお生まれですか」とたずねられたこと。趣味の彫金はくろうとはだしで、「ガスバーナーを燃やしながら、トンカチトンカチと彫金にはげんでいる」といった姿です。佐藤雅子さん自身も、相当な旧家のご令嬢だったはずですが、こういったバイタリティを持った女性だったのですね。

達夫氏からのメッセージ部分を読むと、あらためて「家事はけっして片手間にできることではなく、ことにお料理は心豊かに手まめにするもの」という、この本の冒頭の文章は、掛け値のないものであるといえる気がしました。

 

奥付を見ると、第一刷は昭和46年(1971年)。出版されて40年以上も経つこの本が、ずっと古びていない秘密は、ひとえに“日常と地続きの魔法”を備えているからだと、ページを開くたびに思います。

この本が世に出た時代ですら、すでに「なにごとも機械化されて既製品ばやりの今日」という表記があり、そして保存食の良さを「時代遅れと言われても、自分の手で作り出すという人間の自然の喜びにひたることができるからでしょう」と綴っている雅子さん。 

季節を感じ、手をかけて何かを作る楽しさについての語り口や、また相当の「器好き」だったといいうのがよくわかるモノクロの写真に、限りないイメージをかきたてられる、素敵な作りの本です。

 

写真は、去年の梅シロップの最後の一杯(炭酸割り)。

今年の梅シロップは先週に仕込んで、熟成まであと2週間ほど。仕上がりを楽しみにしつつ、今一度、この本の持つ優雅な世界に浸りたいと思います。

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