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日常茶飯本

“暮らしの本”愛好家の日記

『王妃マルゴ』と香りの話。/『王妃マルゴ』第4巻

漫画 香り

 

王妃マルゴ 4 (愛蔵版コミックス)

王妃マルゴ 4 (愛蔵版コミックス)

 

物語の中の人物から、香りが立ちのぼってくる。

本日23時から、Eテレの「浦沢直樹の漫勉」に、“少女漫画界の神様”とも言われる、萩尾望都さんが登場するそうで、とてもワクワクしています! (再放送も、6日深夜にあるそう。)

番組の紹介によれば、『王妃マルゴ』の現場に密着とあって、非常に楽しみなのですが、番組を見てしまう前に、現時点での個人的な感想を記しておきたいなと思い、この作品について綴ってみます。

 

さて、年に一冊のペースで刊行されている『王妃マルゴ』ですが、いよいよ今年で4巻目を迎えました。

物語の面白さは勿論のこと、絵も細部まで完璧。登場人物がものすごく多く、その関係性も複雑に入り乱れているにも関わらず、それぞれのキャラクターが(ほんの脇役に至るまで)とにかく立ちまくっているので、興味を惹き付けられ、読まされてしまう、本当に力のある漫画です。

 

この絢爛たる歴史劇、巻を追うほどに盛り上がりを見せ、読者を心地よく翻弄してくれるのですが、なかでも個人的に着目しているのは、作中における“香り”の描写です。

 

これまでの巻でも、さまざまなアプローチで嗅覚的表現が描き込まれていましたが、この4巻にして、やはり読者の嗅覚に訴えかけることを強く意識した作品なのだなぁと再確認しました。

それは、主人公マルゴの次兄・アンジュー公が、マリー・ド・クレーヴに恋をするときの一連の描写から。

筋金入りのナルシストであるアンジュー公が、妹のマルゴ以外に初めて魅了されたのは、素朴で清純な、野の花のようなマリーでした。彼女を一目見たときには(田舎者だな)と、馬鹿にすらしているアンジュー公ですが、マリーは生来、「髪から草木の香りがする」という体質で、その香りを嗅いだ途端、アンジュー公はいとも簡単に彼女に夢中になります。

彼女が放つ「はかない朝霧にも似た香り」は、一瞬にしてアンジュー公を「わたしは彼女を守らなければ!」「わたしと結婚すべきだ!」と、(ちょっと恐ろしいほどに)気持ちを飛躍させるのです。

 

振り返って、1巻目からの「香り」にまつわる描写を拾っていくと、いくつも興味深いものがありました。アンボワーズでの処刑の、むせ返るような血生臭さ、いくらハーブをたいても消えない死体の臭気、そしてその悪夢のような匂いから王太子シャルルを救う、ばらやアイリス、ポピーなどの夏の花々の香り。 

2巻でマルゴとギーズ公が秘密の逢引をするのは、香水を売る薬屋。背景には様々なハーブ(乾燥させたきのこ?や、球根のようなものも)が描き込まれているし、またそのひそやかな場所で、マルゴは愛しいギーズの体臭をかいで、うっとりと目を閉じます。

3巻では、ある大きなショックを受けたマルゴの気付けに、「ばらの香油」が使われたり。

そして4巻の表紙にもなっている重要人物・ナヴァルの王子アンリは、なぜか常に「ニンニクの香り」がするという…! そのパワフルで、周りにいる誰もを惹き付けてやまない、天性の愛嬌を持つ彼にぴったりの、秀逸な設定だと思います。それは決して悪臭ではなく、のちのアンリ4世となる、民衆に愛された王にふさわしい匂いなのですね。その証拠に、2巻で彼とキスをしたマルゴは、(ニンニク臭いにも関わらず)その「素敵なキス」に陶然となります。

 

また、余談ではありますが、マルゴの母、カトリーヌ・ド・メディシスといえば、連想するのが「世界最古の薬局」といわれるサンタ・マリア・ノヴェッラ。今なお製品としてある「アックア・デッラ・レジーナ(王妃の水)」と呼ばれるノヴェッラのコロンは、彼女がフランスの女王として嫁ぐ際に、特別に考案された処方に基づいて作られているそうです。

作中に直接的に出てくるわけではないですが、この香りを知っていれば、物語がよりいっそう楽しめ、深みを増すように思います(個人の嗅覚による感想ですが、現代の「香水」のイメージからすると、かなりさっぱりしたシトラス調の、ユニセックスな香りです。シャープな酸味が感じられ、ハーブや草のような残り香です)。ノヴェッラのコロンには、オー・デ・コロンとは思えないくらいの、深く濃縮された香料の存在感があります。

 

…と、こんな風に、実際の香りをかいで想像を膨らませたり、また、作中の印象から、こんな香りが合いそう!という空想をするのは、なかなか楽しいものです。

たとえば、前述の「草木の香り」のするマリーなら「アントニアズ・フラワーズ」という香水がイメージされます。これは、「すれ違う人が『ブーケを持っているのは誰?』と錯覚するほどの自然な花の香り」と言われていて、何と言うか、花の匂いだけではなく、茎や葉の青さも感じさせる香りです。

マルゴはもちろんローズ系でしょうし(ゲラン、あるいはバラに的を絞った香水メーカーのパルファン・ロジーヌでしょうか)、ギーズ公ならやはりスキッとしたシトラス系かなと。ジョー・マローンの「ライムバジル&マンダリン」なんかが似合いそうです。アンジュー公はもちろん、シャネルの「エゴイスト」ですね!

ちなみに、こういう他愛ない遊びの副読本にぴったりなのが、『世界香水ガイドⅡ』。「匂いの帝王」と呼ばれるルカ・トゥリンの香水レビューは、知的な毒舌というか、ちょっと嫌みなほどに芸術的。その辛口批評を面白がれる人には(たとえ香水そのものに興味がなくとも)、果てしなく楽しめる一冊です。

世界香水ガイド2★1885 ?「匂いの帝王」が五つ星で評価する

世界香水ガイド2★1885 ?「匂いの帝王」が五つ星で評価する

 

 

さて、話が横道にそれましたが、ともかく王妃マルゴ』の醸し出す、幾つもの香りのイメージは、本当に読者をさまざまなところへ連れて行ってくれます。主人公のマルゴをはじめ、そのリアルな香気、人物の息づかいが生々しく感じられるのは、これら香りの描写の効果に違いないと感じています。

今朝、外にでると春の匂いがしました。いつのまにか家の前のスモモの花が咲いていて、木の枝にはメジロのつがいが来ていました。こんな風に日々、五感を研ぎ澄ませながら、マルゴの世界へと飛んで行く体験をしつつ、この希有な物語が終わりを迎えるまで、じっくり見届けたいと思っています。