愛すべき偉人(あるいは変人)たちの日常生活について。/『天才たちの日課ークリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々』
天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブでない日々
二度寝と裸とコーヒーと。
「タイトル買い」して、何気なく読み始めた本書。2人目に掲載されていた、画家のフランシス・ベーコンのエピソードに、まず持って行かれました。
不眠症に苦しんでいたベーコンは「ベッドに入る前には、リラックスするために古い料理本を繰り返し読んだ」そう。小難しい法律の本や科学本とか、長編小説などではなく、古い料理本というのが、なんだかとぼけてていいなぁと。
この本では、世界の著名な作家、芸術家、音楽家、思想家、学者など161人を取り上げて、それぞれの仕事、食事、睡眠、趣味、人づきあいなど、どんな暮らしをしていたかを紹介しています。
それだけ多くの人々のエピソードをぎゅっと一冊にまとめているわけで、一人ひとりの紹介はごく短いのですが、そのわずかな文章のなかに垣間見える、その人の生活のディテール、嗜好や小さなクセなどをどんどん読み進めていくと、自分自身の日々の暮らしが、また違った色合いに見えてくるような仕掛けになっている気がします。
帯には、ヘミングウェイやフロイト、ピカソなど、超有名人のエピソードが使われていたのですが(その中では、ストラヴィンスキーの「作曲に行き詰まると三点倒立した」というのが面白かった)、私が好きなのは、もうちょっとマニアックな人々の、人間くさい、あるいはヘンテコなものたち。
たとえば「太陽がいっぱい」で知られる作家のパトリシア・ハイスミスは、ロンドンのあるパーティーに「レタス一個と百匹のカタツムリ」を入れた巨大なハンドバッグを持って登場したそう。サスペンス作家は、バッグの中身も緊張感漂ってます(本人は「カタツムリを見るとなぜか落ちつくの)とコメント)。
あるいは、歴史学者のシラーは腐ったリンゴをたくさん、仕事部屋の引き出しの中に入れていたとか(リンゴが腐敗していくにおいが執筆を促す刺激として必要と考えていたそう。へ、変人…)。
「衣」での個人的なナンバーワンは音楽家のエリック・サティ。ささやかな遺産を相続したサティは、いずれも栗色のビロード地を使った、全く同じスーツと山高帽を一ダースずつ買ったそう。地元の人々によって、ついたあだ名が「ビロードの紳士」。優雅なのび太って感じですね(いつも同じ服ってことで)。
「食」系で気になったのは、映画監督のベルイマンの昼食。いつも同じもので、こってりした「サワーミルクを泡立てたようなもの」にストロベリージャム。それを変わったベビーフードのようににコーンフレークといっしょに食べたそう。昼食がこれって、かなりの甘党ですね。
美味しそうだったのは、画家のジョージア・オキーフの朝食でした。
「ガーリックオイルを使ったチリコンカルネ、半熟卵かスクランブルエッグ、風味のよいジャムとパン、フルーツ、コーヒーか紅茶」。エル・デコあたりに登場しそうな、美しいビジュアルが目に浮かぶようです。
飲み物に関しては、1.コーヒー 2.酒類 3.紅茶の順くらいで常飲している人が多いという印象でした。コーヒーが圧倒的に多かったですね(「紅茶にマドレーヌをひたす」シーンから始まる『失われた時を求めて』で有名なプルーストですら、自身はコーヒー党だったようです)。
失われた時を求めて(1)――スワン家のほうへI (岩波文庫)
- 作者: プルースト,吉川一義
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2010/11/17
- メディア: 文庫
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そして睡眠について。二度寝、もしくは昼寝をしている人の多いこと! これは、朝型生活の人に多かったです。
天才にはショートスリーパーだけでなく、もちろんロングスリーパーもいるわけですから(むしろ後者の方がやや多い気もします)当然といえば当然かもしれませんが。
超早起きしても、眠くなったらどこかでまた寝れば良い。っていうのは、睡眠時間における柔軟な発想で素敵だなあと思いました。
自由自在に実行するのは難しいかもしれませんが、工夫することはできそうです。少なくとも「眠りに罪悪感を抱かない」というのは、良質な睡眠のための必須事項なのかもしれないですね。
そして、この本で最も衝撃を受けたのは、全裸、またはパンツ一丁で仕事をしている人が結構いること(ベンジャミン・フランクリン、ジョン・チーバーなど)! 裸でないにせよ、風呂上がりにバスローブ姿で執筆している作家さんなども数名。開放感が良いのでしょうか? 寒がりの私には無理な芸当です…(夏でも)。そういえば村上春樹のエッセイにも「全裸主婦」って出てきた記憶がありますが。江古田ちゃん(漫画)とかね。
何というか、ビジネス書や自己啓発系の本で「習慣の重要性」について説かれても、ちっとも頭に入ってこないのに、この本は実にワクワクと「天才たちの習慣」について語りかけてくれます。
そして、サブタイトルにもあるように、クリエイティブな人々の暮らしは、必ずしも模範的なものばかりでなく、それどころか「人間としてどうよ、といいたくなる人も少なくない」(訳者あとがきより)とあって、思わず笑ってしまいました。そんな「天才たち」の日常に数多く触れることで、「よしっ」と、やる気がでたり、あるいは気持ちがフッと楽になります。
上記に挙げた通り、個人のエピソードも素晴らしく面白い本書ですが、この「たくさんの人々のバリエーションを一気に読ませる」というこの本の作りそのものが、ある種の人間讃歌であるように思えました。
161人のうち、好ましい人間のふだんの姿に出会えるこの本を、これからも幾度も読み返すことでしょう…たとえそれが「ダメ人間」だとしてもね!