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日常茶飯本

“暮らしの本”愛好家の日記

夢の服は、物語のなかに。/『ムギと王さま』

衣の本 児童文学 小説

 ムギと王さま―本の小べや〈1〉 (岩波少年文庫)

 

ムギと王さま―本の小べや〈1〉 (岩波少年文庫)

 

本のなかで会える、まばゆい服たち。

今週のお題「好きな服」。ということで… 読書ブログながら、お題に初挑戦してみました。

日々、実際に身につける服、いわゆるリアル・クローズにまつわる本も好きなのですが、今回はそれとは別の次元で、心がときめく「好きな服」が思い浮かぶ本について、色々書いてみたいと思います。

 

まずは、ファージョン『ムギと王さま』に収録されている「小さな仕立屋さん」のお話から。

大きな仕立て屋さんに奉公する身である、ロタという名の19歳のお針子。彼女はドレスのデザインに天性のセンスを持っているのですが、自分ではまだそれに気づいておらず、雇い主である大きな仕立て屋さんのゴーストデザイナー(←和製英語でしょうか…)として活躍しています。

若き王様が花嫁を選ぶ舞踏会が開催されることとなり、ロタは3人の花嫁候補のためのドレスを3着、考えることになります。

それは、日の光と、月の光と、虹をイメージした、3つの夜会服。

まばゆい太陽のドレス、クールでタイトな月のドレス、チラチラ光る、涙とコーディネートされたような虹のドレス…自分の手で縫い上げた美しい服を、顧客に着付けの説明を見せるための、ごくわずかな間だけ、自身がモデルとしてまとい、従僕の青年とダンスを踊るロタ。

小さいけれど、とても素敵な恋物語です。いわゆる“シンデレラストーリー”を逆手にとったような物語の展開にも、味わい深いものがあります。

 

次にご紹介するのは、『長靴下のピッピ』や『やかまし村』シリーズで有名なリンドグレーン『親指こぞうニルス・カールソン』に収められている「五月の夜」というお話に登場する服。このドレスも、強く深く、印象に残っています。

この短編集は、残念ながら絶版。私の手元にあるのは、1985年の第八刷です。現在、図書館もしくは中古本などでしか読めませんが、表題作のほか、魔法の種から可愛いお人形が生えてくる「ミラベル」や、おままごとを生まれて初めて楽しむ、お姫様の姿がいきいきと描かれる「遊びたがらないお姫さま」など、ぜひ読み継がれてほしい!と思える物語が、ぎゅっと詰まってます。

親指こぞうニルス・カールソン (リンドグレーン作品集 (16))

親指こぞうニルス・カールソン (リンドグレーン作品集 (16))

 

 「五月の夜」のお話の主人公は、リンゴ園を営む両親のもとで暮らす女の子・レーナ。彼女は誕生日のプレゼントに、可愛らしい白いレースのハンカチをもらいます。そしてその晩、レーナは妖精のムイと出会います。

妖精の王様のお妃選びの舞踏会に、着ていくためのドレスをやぶいてしまった、小さな妖精のムイ。すすり泣くムイから、ハンカチをもらえないかと頼まれ、レーナはちょっと迷ったあと、それを彼女にあげるのです。喜びで、泣いたり笑ったりしながら、ムイはハンカチに魔法をかけます。

「妖精は、広く、波うつようなスカートに、ふち飾りも、まわりのレースもある、ほのかにきらめくドレスをつけて、そこに立っていました。この世にこれよりうつくしいドレスがあろうとは、レーナには思えませんでした。」

 

美しいドレスに身をつつみ、軽やかに踊るムイと王様の姿を、リンゴの木の上から眺めたレーナ。舞踏会のあと、妖精の王様はきっとムイをお妃に選ぶだろう、というレーナの言葉に、ムイはこんな言葉を返します。

「わたしは、そうなるとはおもっていないの。…それに、そういうのは、どっちでもいいの。もしかわたしが妖精のお妃になったとしても、今夜のようにしあわせにはなれないわ。今夜のわたしのように、しあわせになれるのは、だれだって、一生に一度だけしかないんだわ。

 

この妖精のムイの言葉も、大人になった今読み返すと、「幸福」というものに対する一つの真理を表しているようで、ちょっとどきっとさせられ、夢のような一夜の美しさ、はかなさを感じます。子供向けの“おはなし”で終わってしまわない、作者リンドグレーンの人生へのまなざしが感じられる物語。白いレースのハンカチで出来た、ロマンティックなドレスのイメージと相まって、忘れられない一編です。

 

最後に、もうひとつ仕立て屋さんのお話を。この本は、私が知る限り、この世で最も緻密で美しい絵本です。(ポターと石井桃子の最高の競演!)。

グロースターの仕たて屋 (ピーターラビットの絵本 15)

グロースターの仕たて屋 (ピーターラビットの絵本 15)

 

 物語そのものはクリスマスのお話なので、7月に紹介するには、ちょっとふさわしくないとも言えるのですが、あまりに好きなので、ほんの少しだけ…(いつか、もっとじっくりこの本について、書いてみたいと思っています)。

 

腕は良いけれど、暮らし向きはあまり良くなく、家族は猫一匹という貧相な仕たて屋の男。彼はグロースターの市長から、婚礼の上着と、刺繍のついたチョッキという大きな注文を受け、それに取りかかっている真っ最中です。婚礼の日は、クリスマスの朝。それまでに、猫とねずみにまつわる事件があり、服作りは難航するのですが…。

53ページのチョッキの刺繍が、本当に夢のように美しく(ちょっと、ケイタ マルヤマを彷彿とさせます)、続く54ページのレースのついた紅色の上着も、その生地の質感や、どれほど手をかけて繊細に作られた服か、ということまで伝わってきます。絵の見事さに加えて、物語も文章も、最初から最後に至るまで瑕というものが何も見つからない、大げさでなく、ちょっと神がかった絵本です。

 

さて今回、「好きな服」(=「夢のようにドラマティックな服」)が出てくる本を3冊挙げてみて、共通することがあるのに気づきました。

それは、どの服も、主人公が着るための服ではない、ということ。

たぶん自分で着る服というものには、必ずどこかに(ごくわずかであっても)屈託があります。自己愛やコンプレックス、虚栄心…おしゃれは日常のなかの大いなる楽しみですが、「好きな服」をただ“自分軸”で着るとなると、それがたとえ物語のなかであっても、実はかなり難しいものなのだと思います。

たとえば、村上春樹の短編トニー滝谷レキシントンの幽霊に収録)には、洋服への熱情が限度を超えたために、悲劇をたどる女性が登場しますし、オルコットの若草物語にも、四姉妹の長女メグが、美しいドレスへの欲求と、それに伴う自分の見栄やプライドによって、苦しむ姿が描かれる一編があります。そういう心理描写と併せて、それらの小説に出てくる衣服の描写を読むのも興味深く、また好きなのですが。

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

レキシントンの幽霊 (文春文庫)

 

 

若草物語 (福音館文庫 古典童話)

若草物語 (福音館文庫 古典童話)

 

 

はじめにも書きましたが、日常に着る服についての本とは別に、「夢のような服」の出てくる本を読むことが、私はとても好きです。今回に挙げた3冊も、子供の頃から、自分好みの“衣”の描写を読みたくて、繰り返し手に取っていたものばかり。そして、その蓄積は、おそらく私自身の「日々の服」にも何らかの影響を及ぼしているようにも思います。基本はシンプル&ベーシックが好みですが、ディテールに、どこか夢があるものが好きなので。

 

「夢の服」と「日々の服」とは、境界線があるようでいて、やはりどこかでつながっているのだと思います。だからこそ、今回挙げた、物語に登場する“自分以外の誰かが着るために作られた、特別な服”は、ただ純粋に「好きな服」という気持ちで、楽しむことができるのかも…と感じた、今回のお洋服考でありました。