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日常茶飯本

“暮らしの本”愛好家の日記

日々のごはん作りが、楽になるお話。/暮しの手帖 4世紀83号

食の本 雑誌

暮しの手帖 4世紀83号

暮しの手帖 4世紀83号

 

和食の原点=「汁飯香」とは?

朝ドラ効果もあって、今まさに注目を浴びている『暮しの手帖』ですが、本誌の方は、相変わらずひたむきに、丁寧に紙面を作られていて、ページをめくる度ほっとします。やはり、得難い雑誌です。

 

今号は、土井善晴さんの「汁飯香(しるめしこう)」のお話がとても印象に残り、久しぶりにブログを綴りたくなりました。

そして、昨日家に遊びに来てくれた友人が、偶然にも同じ記事を読んでいて、「何度も読み返した」と聞き、きっと多くの人の琴線にふれる内容だということに、あらためて思いあたったからです。

 

各々の家庭で、日常の食事の献立というのは数多のバリエーションがあると思います。この記事では、日々の食事の基本は、「一汁一菜」で良い、ということ。そして、その理由について、土井善晴さんがご自身の哲学を語られます。

 

聞き手は編集長の澤田康彦さん。澤田編集長からの、問いかけのなめらかさ、それに一つひとつ、はっとするような答えを返していく土井さん。そのやりとりが、息の合ったキャッチボールのようで、読みながら何度も、「たしかに!」「そうそう…」と噛み締めながら読んだ次第です。

 

「まずみなさん『料理は大変!』というふうに思い込みすぎだと私は思うんです」…まずは、この言葉に深く納得。続けて読んでいくと、戦後、理想の献立とされてきた、いわゆる「一汁三菜」ではなく、さらにその前にさかのぼった「一汁一菜」、つまり「味噌汁とご飯、プラス漬け物」という和食の原点に、いったん立ち返りませんか、という提案がなされます。

 

「毎回一汁三菜を用意するのって、冷静に考えてみれば、大変なことなんです。」

「毎日『おいしいおかず』を期待されてしまうと苦しくなってきます。できないって降参する人、ごまかす人、気持ちも体も不健康になってしまう人もいる。本当はちゃんとしたい、丁寧に、美しく生きたい……っていうことが、みんなの憧れであることは間違いないんですが。

この言葉に対して編集長は、

「その憧れが逆にストレスにもなるわけですね。みんなきちんとしていたいから。」と受けとめます。そしてまた土井さんは、

「やっぱり人間っていうのは、正しくあることで幸せになれるということを無意識のうちに知っているんでしょう。(中略)おいしさはきちんと確保された上で、大事な時間が短縮できるという両方が満たされていないと本当の解決にはならないと思うんです。」と。この言葉が私にとっては、記事の個人的なハイライトでした。

 

言われてみれば、「料理は大変」…そういう思い込みはたしかにあるなと素直に思いました。そして、この記事が響くということは、冒頭で少しふれた友人もまた、そのうちの一人なのかなと。そして、似た想いを抱えた人たちが、実はたくさんいるのだろうなと想像できたのです。そんな気付きがあって、そして、そういう状況を言葉にして見せてくれたことに、はっとした文章でした。

 

このあとは、具体的においしいごはんの炊き方について語られていきます。お米を研いで、ざるにあげて、「吸水40分」して炊く、というごくシンプルな方法なのですが、たとえば時間のない朝のご飯に、どうすればその40分のハードルを超えられるか、などの具体的な方法についてもふれられ、その細やかな工夫に、またまた膝を打ちました。

実際、この「洗い米」でご飯を炊いてみたら、ほんとにおいしい。

続く味噌汁の作り方にも丁寧な解説があり、それがまた、読んでいて、とってもおいしそう。土井さんが話す関西弁のリズムにのって、ナスにオクラに、カボチャの味噌汁が次々と目に浮かび、うん、冷蔵庫にあるもので、何か作ってみよう。と、その気になってしまいました。なんとも気楽に。

 

人間というのは面白いもんで、余裕ができるともっと何かつくったろかな、って気になる。この間に、きんぴらごぼうくらい、あるいは卵焼きくらいはつくれるし、イワシくらいは焼けるかなあとかね。」

求めなくても楽しみというものは起こります。普通に愛情のある家やったら小さな楽しみは自動的にやってくるはずなんです。」

こんな風に語られる土井さんは、料理というものを通して、人間の心理もじっくり見てきた人なのだなと思いました。ともかく、ご飯、味噌汁にお漬物があれば、それで基本はOK! あらためてそう考えてみれば、それだけで肩の荷(たぶん、いらない荷物)がおりて、なんだか勇気が出てくるように思えたのでした。

 

そういうわけで、この記事を読んでから、ふと気づけば、小さな変化がありました。

いつもと変わらない日々のごはん作りが、以前より楽になっているように感じられたのです。それはたぶん「一汁一菜が、基本」と思う事で、無意識に入っていた余分な力が抜けて、ほんとに「何かつくったろかな」という気持ちが自然とわいてきたというか。私が乗りやすいだけなのかもしれませんが、これこそが土井善晴さん、ひいては暮しの手帖編集部からの、読者への贈り物だったのかな、と、読んでから数日を経て、あらためて感じるような記事でした。

 

次号からは土井さんの連載が始まるとのこと。新しい知見の「地に足の着いたおいしさ」について読めるのではないかと、今からとても楽しみです。

 

また今号には、特別付録『美しい暮しの手帖』創刊号よりぬき復刻版がついていて、とと姉ちゃんのモチーフとなった大橋鎮子さんの「あとがき」もまた、一心につくりあげた最高の雑誌が出来上がったという、その高揚感が伝わってくる素敵な文章でした。

「ひとが、どんなに生きたかを知ることは、どれほど力づけられ、はげまされるか知れないと思うからです。」その通りだなあ、と。

 

「汁飯香の話」の載った今号は、何度も読み返したい内容に加え、同じ本を友人と分かち合えたということもまた、大切な記憶となりました。たぶん彼女と私では、この記事の好きな部分が、ぴったり重なったというわけではないと思います(ちなみに彼女は、木のおひつについて書かれた部分が印象に残ったそう)。けれども、どこかでつながっている。だから「暮しの手帖の記事、面白かったね!」と話し合えた。その経験がありがたかったのです。

 

同じく今号に載っていた「みらいめがね」の、ヨシタケシンスケさんのキュートなイラストにあった

「…我々はおそらくわかりあうことはできないけれど、わらいあうことならできるのかもネー。」

という言葉、まさにこれを体感できたような気がします。

そして、本棚にずっと置いておきたい本が、また一冊増えたこと。そのことが、とても嬉しい夏の終わりでした。